東京高等裁判所 昭和55年(ラ)1241号 決定 1980年12月25日
抗告人
荏原サービス株式会社
右代表者
畠山忠
右代理人
谷口欣一
窪田一夫
相手方
株式会社 日証
右代表者
内片陸郎
右代理人
片村光雄
小川勝芳
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。相手方の申請を却下する。」というにあり、その理由は別紙のとおりである。
そこで按ずるに、一件記録によると、相手方は、本件申請書添付の約束手形目録記載の約束手形五通を所持していること、及び、右各約束手形の抗告人名義の裏書は、抗告人によつて有効になされたものであることが一応認められる。したがつて、相手方は、抗告人に対し八五〇〇万円の手形金債権を有するものというべきである。
然るところ、抗告人は、破産原因となる支払停止や債務超過の事実はない旨主張する。なる程、一件記録に編綴してある銀行証明書(乙第六号証の一)及び電話照会回答再報(同第六号証の二)によると、抗告人は、昭和五五年一〇月二五日現在において銀行取引停止処分の原因となるような手形の不渡を出していないこと、営業報告書(同第四、第五号証)によると、抗告人は、昭和五三年五月一日から同五四年四月三〇日まで、及び、同年五月一日から同五五年四月三〇日までの各営業年度の決算においては利益金が計上され、債務超過にあるとの営業報告はなされていないことが一応認められる。然しながら、一件記録に徴すると、抗告人の右決算は粉飾決算の疑があり、その実体は、約八億五〇〇〇万円の債務超過をなしていること、現時においては、抗告人は約三〇億円の手形債務を負担し、その支払期日も切迫していて、抗告人の信用だけでは支払できない情況にあることが疎明されるから、抗告人は、現時においては破産原因が存するものと一応認めることができる。
しかして一件記録によると、抗告人の内部には複雑な事情があり、営業帳簿類を抗告人の占有にとどめておくときは、その滅失あるいは改ざんの虞れもあることが窺えるので、かくては破産宣告がなされても抗告人の財産状態を正確に把握することが困難となり、延いて破産財団の保持にも欠けるところが生ずることは明らかというべく、結局破産宣告がなされた場合に破産財団に属すべき財産を保全するためには、抗告人の商業帳簿類を執行官の占有に移さしめるのが相当であると判断される。
よつて、相手方の申請を認めた原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから、破産法一〇八条、民訴法四一四条、三八四条により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(蕪山厳 浅香恒久 安国種彦)
〔抗告の理由〕
(以下申立人とあるは、保全処分の申立人をいう、又債務者とあるは本件即時抗告申立人をいう)
一、即ち、申立人は、債務者の裏書にかかる約束手形の所持人として債務者に約束手形金債権金八、五〇〇万円を有すると主張する。
しかしながら、右手形裏書は、偽造によるものであり債務者は手形上何等の債務を負担していない。
偽造者は、元管理部長高窪勲樹(去る八月一五日懲戒免職)である。債務者会社代表取締役印を盗用の上約束手形の裏書欄に擅に冒捺する方法により権限なく裏書したものである。
二、右高窪は、本件手形裏書の権限はなかつた。代表者の補助者として正常取引に関し裏書印押捺の事務を担当していた。ところで同人は、懲戒免職後の八月二三日債務者代表者に対し無権限で本件手形裏書したことを自認して謝罪した。
目下、警視庁に於て、本件手形偽造を廻り長期間に亘る高窪の背任、横領につき鋭意調査中であり、近く動機・手段・方法・資金使途等、その目的、経緯が司直の手により解明されるものと思料される。
申立人は、本件手形取得当時裏書人たる債務者に対し裏書の真偽を問合わすことなく債務者の事業とおよそ無関係な建築設計工事実施等を事業目的とする(株)アルス建築事務所に対し手形割引をしているが同社が本件手形を取得する原因関係が不自然である。多年に亘る金融業者の経験から申立人は(債務者の貸借対照表を事前閲覧しているなら尚更のこと)疑念を持つべきである。殊に金八、五〇〇万円の高額な点と総合すれば金融業者が初歩的に留意すべき事柄であり、申立人の過失の責は大きい。
何れにせよ捜査の進展は、本件破産申立債権の存否についても関連して解明されるものと信じている。
第二、債務者は、破産原因としての債務超過はなく又支払停止の事実はない。
一、債務者の第一八、一九期営業報告書を通じて明らかな如く払込済資本金三億円の会社であるが資本金と同額に近い剰余金を有し、且つ流動資産中現金預金の保有高は、平常一〇億円余りである。
業績は、逐年向上している。設立以来本日に至る迄自己振出手形につき一回たりとも不渡を生じたことがない。
二、債務者は、ポンプ業界の最大手株式会社荏原製作所(一部上場、払込済資本金約七七億円、平均株価四〇〇円)全額出資の下設立され同法製品のアフターサービス業務を担当しており、同社の発展に伴い今後共業績に不安危惧は毫も見られない。
三、債務者は、今回の高窪勲樹の裏書偽造を廻る不祥事発生後と雖も平常業務は、之迄と何一つ変化なく営業を継続している。
仕事内容が荏原製作所のアフターサービス業務(修理・保全・工事)であるだけに一日たりとも休業することが需要家に多大の迷惑を及ぼすだけに許されない(日曜祭日も休業せず現在盛業中である)。
四、前記事情の下にあつて、本件破産申立は当然棄却を免れないものと信ずる。
申立人との間で債務者は、手形裏書責任を否定しているため支払義務の存否は厳正な裁判所の判断を俟たねばならない。その結果、債務者に支払義務が確定した場合は当然支払うべきものと理解しており前述の通り支払の能力は充分にある。
加うるに親会社に当る株式会社荏原製作所は、従来同様これら案件につき債務者の申入次第協議に応ずる意図を表明している。
速やかに本件申立棄却の御決定を求める次第である。